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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1455号 判決

原告(反訴被害)

内藤始

ほか一名

被告(反訴原告)

上田義人

ほか一名

主文

一  被告らは、原告内藤に対し、連帯して金一四一万六四二六円及びこれに対する平成三年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告福山通運に対し、連帯して金五二三万九〇六九円及びこれに対する平成三年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求及び被告三洋タクシーの反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

1  被告らは、原告内藤に対し、連帯して金二二五万一一八八円及びこれに対する平成三年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告福山通運に対し、連帯して金八二六万四九一六円及びこれに対する平成三年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告らは、被告三洋タクシーに対し、連帯して金一二一万五五九一円及びこれに対する平成三年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

一  本件は、後記交通事故に関し、原告内藤(人的損害)及び原告福山通運(物的損害)が、被告上田に対して民法七〇九条に基づき、被告三洋タクシーに対して同法七一五条に基づき、損害賠償を求めた本訴請求並びに被告三洋タクシー(物的損害)が、原告内藤に対して同法七〇九条に基づき、原告福山通運に対して同法七一五条に基づき、損害賠償を求める反訴請求の事案である。

なお、付帯請求は、いずれも、後記交通事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求めるもので、本訴における被告らの各債務、反訴における原告らの各債務は、それぞれ不真正連帯債務の関係にある。

二  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時

平成三年四月二五日午前〇時五〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市灘区新在家南町一丁目 県道高速神戸西宮線上り二五・五キロポスト先

(三) 関係車両

(1) 第一車両

普通乗用自動車(神戸五五え三七七九。被告上田運転、被告三洋タクシー所有。)

(2) 第二車両

大型貨物自動車(岡山一一く三四四。原告内藤運転、原告福山通運所有。)

(四) 争いのない範囲の事故態様

本件事故の発生場所は、最高速度が六〇キロメートル毎時に規制され、車両通行帯の変更の禁止を表示する道路標示(区分線)がある、片側二車線の高速道路上り(東行き)線で、直線から非常に緩やかな右カーブ(カーブ度半径九〇〇メートル)に変化するあたりである。

そして、第一車両は左側車線を八〇キロメートル毎時を上回る速度で、第二車両は右側車線を約八〇キロメートル毎時で走行していたところ、本件事故の発生場所で、第一車両の右側面前部と第二車両の左側面前部とが接触し、そのはずみで、第二車両は、右側にある中央分離帯のガードレール及び水銀灯に衝突した。

なお、本件事故の発生当時の天候は雨であつた。

2  使用者責任

本件事故の発生当時、原告内藤は原告福山通運の事業に従事しており、被告上田は被告三洋タクシーの事業に従事していた。

三  争点

本件の争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様並びに原告内藤及び被告上田の過失の有無

2  過失相殺

3  原告ら及び被告三洋タクシーに生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様並びに原告内藤及び被告上田の過失の有無)に関する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 被告上田は、安全な速度で、かつ、車両通行帯の区分線を超えることなく進行すべき注意義務があるのに、これらを怠り、制限速度を超過するかなりの速度で、しかも、右区分線を急に超えて第一車両を運転したという過失により、本件事故を発生させたものである。

(二) 右事故態様によると、原告内藤には、本件事故を予見する可能性も回避する可能性もなかつたから、原告内藤には過失はない。

なお、原告内藤は、制限速度を超過する速度で第二車両を運転していたが、仮に原告内藤が制限速度を遵守していたとしても本件事故を回避することはできなかつたから、右速度超過は本件事故との因果関係を欠く。

2  被告らの主張

原告内藤は、車両通行帯の区分線を超えることなく進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、右区分線を急に超えて第二車両を運転したという過失により、本件事故を発生させたものである。

すなわち、本件事故の発生場所は、直線から右カーブに変化する地点であるのに、原告内藤は、右カーブに沿つて進路を修正せずにそのまま直進したため、区分線をはみ出して第一車両の進路に進入し、第一車両の右側面前部に自車の左側面前部を接触させ、あわてて右にハンドルを切つたため、右側にある中央分離帯のガードレール及び水銀灯に衝突したものである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様並びに原告内藤及び被告上田の過失の有無)について

1  前記争いのない事実に、乙第二、第四号証、証人藤原豊の証言、原告内藤始の本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故が発生する直前、右側車線(追越車線)を、前から順に、原告内藤の運転する第二車両、被告上田の運転する第一車両、藤原豊の運転する普通乗用自動車が、いずれも約八〇キロメートル毎時の速度で走行していた。

そして、被告上田は、第二車両を追い越すために、自車の進路を左側車線(走行車線)に変更するとともに、速度をあげた。

(二) 本件事故が発生したのは、第一車両と第二車両の前部がほぼ併走する状態になつた時点であるが、後方を走行していた藤原豊の目には、第一車両であるタクシーと第二車両であるトラツクとの関係が、「私の車の前で、走行車線を走つていたタクシーが、追越車線を走つていたトラツクにかぶさるように入つていくのが見えました。」、「タクシーが、トラツクにかぶさるように見えたのは、タクシーが、追越車線に入ろうとしたと思います。カーブよりも急な曲り方したと思します。」と述べるような状態に映つた。

(三) 本件事故の直後、原告内藤と被告上田とは車を停めて話をしたが、この際、原告内藤がなぜ車線変更をしたのかと詰め寄つたのに対して被告上田は確たる返事をせず、スリツプした旨の回答をしたのみであつた。

2  右認定事実によると、本件事故は、雨のため路面がすべりやすい状態であるにもかかわらず、被告上田が、制限速度を超過するかなりの速度で自車を運転し、第二車両を追い越そうとした際に、折からの右カーブに対して適切なハンドル操作を講ずることができずに、車両通行帯の区分線を超えて右側にはみ出たことによつておきたものであると推認することができる。

これに反し、乙第三、第七号証、被告上田義人の本人尋問の結果の中には、原告内藤の運転する第二車両が急に車線を変更してきた旨の部分がある。しかし、当事者と何ら利害関係を有さず、しかも、その証言内容が具体的で事故直後から一貫していて、十分信用がおけると評価することのできる証人藤原豊の証言及び乙第二号証(同人を立会人とする実況見分調書)に照らし、原告内藤運転の第二車両が車両通行帯の区分線を超えたとする前記各証拠を採用することはできない。

そして、他に、原告内藤運転の第二車両が車両通行帯の区分線を超えたことを認めるに足りる証拠はない。

3  右認定の本件事故の態様によると、被告上田に過失があることは明らかであり、本件事故の発生当時、被告上田は被告三洋タクシーの事業に従事していたことは争いがないから、被告らは原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

これに対し、右認定の本件事故の態様によると、原告内藤は、本件事故を予見する可能性も回避する可能性もなかつたから、原告内藤には過失がないというべきである。

なお、原告内藤が制限速度を超過する速度で第二車両を運転していたことは争いがないが、右認定の本件事故の態様によると、仮に原告内藤が制限速度を遵守していたとしても本件事故を回避することはできなかつたと認められる。そして、不法行為における責任発生の要件である「過失」(民法七〇九条)は、損害発生と因果関係のある客観的注意義務違反であることを要するから、本件においては、原告内藤に、不法行為成立の要件である過失を認めることはできない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告三洋タクシーの反訴請求は理由がない。

二  争点2(過失相殺)について

1  原告内藤が制限速度を超過する速度で第二車両を運転していたことは争いがなく、弁論の全趣旨によると、第一車両と第二車両との接触後の原告内藤のハンドル操作並びに第二車両が中央分離帯のガードレール及び水銀灯に衝突した際の衝撃の強さ等に対して、原告内藤の右制限速度超過が影響を及ぼしたことが優に認められる。

2  ところで、過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは異なり、不法行為者が責任を負うべき損害賠償の額を定めるにつき、公平の見地から、損害発生についての被害者の不注意をいかに斟酌するかの問題にすぎないから、民法七〇九条にいう「過失」と同法七二二条二項にいう「過失」とを同義に解釈する必要はない。

本件においても、争点1に対する判断で判示したとおり、原告内藤の制限速度超過は、本件事故の発生及び被告三洋タクシーの損害発生とは因果関係のある客観的注意義務違反ではないが、右1で述べたとおり、原告らに生じた損害に対しては、損害拡大の一要素となつたというべきである。

そして、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、前記認定の事故態様が認められる本件においては、原告内藤の右制限速度超過を理由に、原告らに生じた損害のうち一割に相当する分を過失相殺として控除するのが相当である。

なお、本件事故の発生当時、原告内藤は原告福山通運の事業に従事していたことは当事者間に争いがないから、原告内藤の制限速度超過は、原告内藤に生じた損害のみならず、原告福山通運に生じた損害についても過失相殺の原因となるというべきである。

三  争点3(原告ら及び被告三洋タクシーに生じた損害額)について

1  被告三洋タクシーの損害

争点1に対する判断で判示したとおり、被告三洋タクシーに生じた損害については判断する必要がない。

2  原告内藤の損害

(一) 以下述べるとおり、原告内藤に、別紙1の「発生損害額小計」欄に相当する「認定額」欄記載の金三三九万九三四六円の損害が発生したことが認められる。

(1) 文書料

甲第三号証、原告内藤始の本人尋問の結果により認められる。

(2) 家族交通費

甲第四号証の一ないし四、原告内藤始の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、同原告の妻内藤千恵子が、同人の自宅のある岡山県児島郡から神戸市中央区にある神鋼病院まで来るのに、同原告主張の交通費を支出したことが認められる。

そして、甲第六号証の一により認められる原告内藤の傷害の程度からすると、右交通費は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(3) 付添看護費

甲第五号証の一及び二によると、右内藤千恵子が、原告内藤の入院期間のうち二〇日間付添看護したことが認められる。そして、右付添看護料としては一日あたり金四五〇〇円の割合による金額(付添看護のために必要な交通費を含む。)を認めるのが相当である(二〇日分で小計金九万円)。

また、甲第五号証の二及び弁論の全趣旨によると、内藤千恵子は右入院期間中一回岡山県の自宅に戻り、この時と退院時の二回分の交通費合計金二万円を支出したことが認められ、これらは、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(4) 入院雑費

甲第六号証の一ないし三によると、原告内藤は、平成三年四月二五日から同年五月二七日まで神鋼病院に、同月二八日から同年八月一〇日まで児島聖康病院にそれぞれ入院したことが認められる(入院日数合計一〇八日)。

そして、入院雑費としては、一日あたり金一三〇〇円の割合による金額を認めるのが相当である。

(5) 休業損害

甲第七号証の一によると、原告内藤は、本件事故の直前である平成三年一月から三月までの間(九〇日間)に、本給として金二六万二〇五〇円、付加給として金一二〇万八八七〇円、合計金一四七万〇九二〇円の収入があつたことが認められる。

なお、原告内藤主張の金額のうち、旅費に相当する分(甲第七号証の二)は、甲第七号証の一及び原告内藤始の本人尋問の結果に照らすと、社会保険料及び所得税の算定の基礎となるものではなく、経費に相当する分で、同原告が休業したことににより支出する必要がなくなつたと考えられるから、休業損害算定の基礎にはしない。

そして、甲第七号証の一によると、原告内藤は、本件事故により一二〇日間欠勤し、この間の給与の一部金三四万一五一〇円の支給を受けたことが認められるから、この期間に対応する収入から右支給金額を控除した金額を休業損害とするのが相当である。

(6) 慰謝料

前記のとおり、原告内藤は一〇八日間入院し、甲第六号証の三によるとその後一二日間通院した(実通院日数六日)ことが認められ、これに本件事故の態様、原告内藤の傷害の程度等を併せ考えると、慰謝料として金一五〇万円を認めるのが相当である。

(7) 小計

したがつて、原告内藤に生じた損害は、(1)ないし(6)の合計額の金三三九万九三四六円である。

(二) 過失相殺

過失相殺による減額と損益相殺による減額との先後関係については、まず、過失相殺による減額を行うのが相当である。

そして、争点2に対する判断で判示したとおり、過失相殺として、原告内藤に生じた損害から一割を控除するのが相当である。

したがつて、過失相殺後の金額は、金三〇五万九四一一円となる。

(三) 損益相殺

原告内藤が自賠責保険、労災保険から合計金一七九万二九八五円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。

したがつて、過失相殺後の金額から右金額を損益相殺として控除すると、損益相殺後の金額は金一二六万六四二六円となる。

(四) 弁護士費用

原告内藤が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用として金一五万円を認めるのが相当である。

(五) 小括

以上によると、被告らが賠償すべき原告内藤の損害額は金一四一万六四二六円である。

3  原告福山通運の損害

(一) 以下述べるとおり、原告福山通運に、別紙2の「発生損害額小計」欄に相当する「認定額」欄記載の金五三二万一一八八円の損害が発生したことが認められる。

(1) 車両価額

甲第二号証によると、第二車両は、昭和六二年に登録された車名いすゞ、形式P―CXG一九X改、最大積載量一〇トンの貨物自動車であり、甲第一号証の一ないし五、第八号証の二、乙第一号証、証人光清和典の証言によると、第二車両は本件事故により修理不能の状態になつたため、スクラツプ価額金三五万円で譲渡されて、廃車処分になつたことが認められる。

そして、甲第八号証の一及び弁論の全趣旨によると、第二車両と同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するのに要する価額は、金二六五万円とするのが相当である(証人光清和典は、甲第八号証の一の二段目「CXG」の二行目「P―CXG一九XA」が第二車両に該当し、その小売価額は金三〇五万円である旨証言するが、当該行の最大積載量欄には一一・五トンである旨の記載があり、第二車両の最大積載量である前記一〇トンとは明らかに異なつている。したがつて、第二車両の取得価額は、右小売価額を基に、控え目に算定した。)。

したがつて、第二車両全損による車両損害は、右金二六五万円から右スクラツプ価額金三五万円を控除した金二三〇万円となる。

(2) レツカー費用

甲第九号証の一及び二により認められる。

(3) 日本道路公団への支払分

甲第一〇号証の一及び二により認められる。

(4) 対向車両への支払分

甲第一一号証の一及び二により認められる。

(5) 車両休業損害

原告福山通運は、第二車両の事故直前の平均営業収入から必要経費を控除した金額をもとに、新車両入替えのために要した三〇日間に相当する金額を車両休業損害として請求する。

これに対し、被告らは、本件事故当時、第二車両は原告福山通運の定期便に供されていたところ、同原告は代替車を運行することによつて欠便を生じなかつたから、右損害は発生していない旨主張する。

そこで検討すると、原告福山通運が代替車をあてることによつて右定期便に欠便が生じていないことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、右代替車は、同原告の所有していた予備の自動車であることが認められる。そして、貨物運送業者である原告福山通運に車両休業損害が生じたというためには、代替車運行期間中の任意の日に、同原告の有する予備の自動車がすべて稼働し、かつ、そのために同原告が顧客からの運送依頼を断わらざるを得なかつた事実が立証されてはじめて、同原告に得べかりし利益としての車両休業損害が生じたと解するのが相当である。

そして、本件においては、右事実を認めるに足りる証拠はないから、原告福山通運の車両休業損害を認めることはできない。

(6) 小計

したがつて、原告福山通運に生じた損害は、(1)ないし(4)の合計額の金五三二万一一八八円である。

(二) 過失相殺

争点2に対する判断で判示したとおり、過失相殺として、原告福山通運に生じた損害から一割を控除するのが相当である。

したがつて、過失相殺後の金額は、金四七八万九〇六九円となる。

(三) 弁護士費用

原告福山通運が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用として金四五万円を認めるのが相当である。

(四) 小括

以上によると、被告らが賠償すべき原告福山通運の損害額は金五二三万九〇六九円である。

第四結論

よつて、原告らの請求は、主文第一、第二項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、原告らのその余の請求及び被告三洋タクシーの反訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別紙1 (原告内藤の損害)

〈省略〉

別紙2 (原告福山通運の損害)

〈省略〉

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